いつも忘れずに心掛けようと決めた3つのこと

  • やるべきことはちゃんとやる (今目の前にある自分の課題を確実にこなしていく)
  • 瞑想を忘れない (気持ち良い!という感覚を大切に)
  • 8割の物を捨てるような感覚で生きる

 

これが今のところ、これからやっていけばうまく行きそうだと思っている項目だ。他にもあるが、あまりにも増やすと自分の首を絞めることになりそうなので、シンプルにこれだけ。

そういえば、今年の目標って立てたっけ?ブログ寛解は立てたと思うが、まだきっちりと決めたなかったように思う。でも、1年なんて長すぎたから、半年くらいで見直せたら良いと思う。

上記3つの決め事は、全て「片付け」につがながっている。今 (というか長年?) 直面している大きな課題である。

私1人ならまだなんとかなるのだが、家にあるものの半分以上はパートナーの持ち物なわけで、私1人でどうこう出来る問題ではない。だから「私たち」の課題とも言い換えれるかもしれない。でもとりあえずは「私」のことだ。

これが終わらないと、集中力が続かないばかりか、人生が先に進まないような気がしている。

 

パートナーは、私の母親よりは数倍マシだ。パートナーの方が問題意識も感じているし、片付けようという意思はある。だが、物が多いのに捨てられないことから私がストレスを感じるというのは変わらない。

せっかく離れたと思ったら、また似たような課題を抱えた人と長年暮らすことになるということは、私の乗り越えるべき課題でもあるのだろうと思う。

私も人のことは言えない。この間やっと、コロナのロックダウンの時に「日持ちする食料を」と溜め込んでいた物を整理した。賞味期限が切れているものもたくさんあり、捨てたらスッキリどころか快感を感じた。あまりにも気持ちが良いので「もっと捨てる物ないかな?」と探したくらいで、この変化は驚きだった。

 

片付けは「愛」だと思うことがある。自分への愛、他者への愛。それがあるからきれいにしよう、気持ち良く過ごそうという意識が生まれるのではないだろうか。だから、近年日本で増えている片付けれられない人のことを「セルフネグレクト」と呼ぶのだろう。

分かっている。部屋は自分の心の有り様と言うが、愛が欠乏すると他の物で埋めたくなる。心が辛いと魂が抜けたようになり、片付けることがますます難しくなる。

パートナーも私と同じく後回し癖があるが、きっと寂しい部分も大きかったのではないかと想像する。

 

しかし、こんなことを書く反面、良いこともある。私は今とても幸せで、適度に仕事も友人もあり、時間もお金もそれりに自由に使える。いつか思い描いていた幸せの形が実現したんだなあ、とふと思う。

ただ、現状維持は後退でもあるし、いつまでもここにとどまっていることは出来ないので、前に前に進むしかないのだ。そのためには上記3つを忘れずにいたい。