キャプテン・クックのオーストラリア上陸250周年記念はまさかのキャンセル続きでしたが…

2020年4月29日は、ジェームズ・クックがエンデバー号でシドニーのボタニー湾に上陸した日からちょうど250周年を迎えます。

それに向けてオーストラリア政府もイベントの準備をしていたのですが、3月終わりに新型コロナウイルスの蔓延により中止となってしまいました。

それ以前にも、クックがボタニーベイに上陸する前に立ち寄ったビクトリア州のポイントヒックス (Point Hicks) やマラクータ (Mallacoota) で予定されていたイベントもブッシュファイヤーのせいでキャンセルになっているので、まるで呪いのような年です。

ただその代わり、先日のアンザックデー の時と同じくデジタルプログラムバーチャルツアーなどがあるので、意外と自宅でも楽しめるかもしれません。

250周年についてのインフォメーション
http://jamescook250.org/news-information/

 

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2020年に予定されていた250周年記念イベントは…

メルボルンのフィッツロイガーデン内クックコテージにあるエンデバー号模型

ジェームス・クックのオーストラリア上陸250周年を記念プロジェクトでは、オーストラリアとニューサウスウェルズ州政府は共同で約5千万ドルが投資されています。

その最も大きなイベントとして、シドニーにあるオーストラリア国立海洋博物館の敷地内に停泊しているエンデバー号のレプリカで、4月29日にボタニーベイのカーネルから乗客を乗せて東海岸に向かって出航し、オーストラリア大陸を1周するという4年越しの計画がありました。

しかしそれは残念ながら中止され、その代わりに4月後半の現在は博物館のウェブサイトからエンデバー号のレプリカのバーチャル体験が出来るようになっています。

オーストラリア国立海洋博物館

シドニーのダーリングハーバーにあるオーストラリア国立海洋博物館 (Australian National Maritime Museum) は、博物館自体は閉まっていますが、バーチャルミュージアムとしてオンラインで楽しめるアクティビティやゲーム、展示会などが多数用意されています。

そしてエンデバー号バーチャルツアーでは、船の中を360度自由に見渡したり仮想のガイドさんが音声で案内してくれたりと、自宅でクックの乗った船を体験する事が出来ます。

Australian National Maritime Museum
2 Murray Street, Darling Harbour, Sydney NSW 2000
https://www.sea.museum/

ボタニーベイ国立公園

シドニー郊外にあるボタニーベイ・カーネル

そして、1770年4月29日のクックとその一行が上陸したというボタニーベイ国立公園 (Botany Bay National Park、先住民の言葉で Kamay) のカーネル (Kurnell) は、250周年記念でとても重要な意味を持ちます。

オーストラリアとニューサウスウェルズ州政府は共同で約5千万ドルを出し、観光や交通、展示エリア、カフェなどをグレートアップし、カーネルとラ・ペールズ (La Perouse) に、先住民アーティストがデザインした新しい記念碑を設置しました。

オーストラリア国立博物館

キャンベラのオーストラリア国立博物館 (National Museum of Australia) でもジェームス・クックやエンデバー号にまつわる展示会や先住民のコミュニティについてのプログラムが開催される予定でしたが、現在は閉館。代わりにこちらも画像や音声を駆使したデジタルプログラムがあります。

National Museum of Australia
Lawson Crescent, Acton Peninsula, Canberra ACT 2601
https://www.nma.gov.au/

クックタウンのエキスポ

エンデバー号が座礁したというクイーンズランド州のクックタウン (Cooktown) は、ケアンズから更に北に行ったですが、そこでもイベントが企画されていました。

しかし、当初2020年7月17日から8月4日の3週間予定していた先住民族の芸術と文化、歴史、科学、農業、ワークショップ、音楽、歌、ダンスなど、様々な催しを準備していたイベントは、現在延期となり、今後の予定は未定です。

COOKTOWN EXPO 2020 AND DISCOVERY FESTIVAL
https://cooktown2020.com/

その他

他にも、オーストラリア先住民およびトレス海峡諸島民たちの文化遺産や資料などをるプロジェクトも行われています。
オーストラリア領トレス海峡諸島と木曜島について

James Cook

そんな人たちのアートワークで描かれた250周年記念切手も発売されました。
何度も眺めたくなるジェームス・クックの250周年記念切手

しかし、これらのイベントは50年前に祝われた盛大な200周年記念と比べると、2020年はもともとかなり小さな規模のようです。

盛大だった1970年の200周年

1970年に発行された200周年を記念する50セントコイン

1970年に行われた200周年の時はシドニーハーバーで花火が上がり、イギリス王室がオーストラリアに長期滞在しました。

エンデバー号IIにエリザベス女王と夫のであるフィリップ王子、子供だったチャールズ王子とアン王女が乗船し、かつてのクックと同じイギリスのプリマスから出航。40日間かけてオーストラリアのボタニーベイに到着した時には、5万人もの見物客が集まったそうです。

その様子は新聞でも詳しく報道され、クックと植物学者のジョセフバンクスの特集も掲載されています。
バンクス冒険記 〜植物学者の見た新大陸〜

各地の小さな町でもクックをテーマにした釣り大会や射撃大会などのイベントが開催され、カミソリのブランドである Wilkinson Sword が期間限定でクックの刀剣を再現したり、メルボルンのヤラ川にはミニチュアのエンデバー号が浮かべられたり、他にもエンデバー号内や植民地時代のオーストラリアで食べられていた食事のレシピ本が出版されていますし、6種類の記念切手や200周年記念の50セントコインも発行されました。

※ その時の写真はこちら↓から見れます
https://www.dailymail.co.uk/

 

ちなみにその頃、うちのパートナーはまだ小さな少年で、エリザベス女王がシドニーのオペラハウスを訪問したのをうっすら覚えているそうです。その後すぐ彼はアデレードからシドニーに引っ越して来たらしいので、バタバタでそれどころじゃなかったかも。

このように盛大なイベントだった理由は、2つ挙げられます。

ひとつは、当時のオーストラリアはイギリスを祖先に持つ白人が大多数で、クックの上陸を祝うのは自然の流れだったという事、そしてもうひとつは、当時の人々は2020年の現在のように先住民についてどんなに酷い事が起こっていたのかを知る人がほとんどいなかったという事です。

ちなみに、先住民であるアボリジニの人たちが国民として正式に認められたのは1967年ですからね…。そういう時代です。
アボリジニの悲しくなる歴史的背景

オーストラリアとジェームス・クック

Captain James Cook  Nathaniel Dance. BHC2628

ジェームズ・クック (James Cook 1728 – 1779) は、オーストラリア東海岸に上陸した最初のヨーロッパ人探検家という事で知られていて、オーストラリアの歴史を調べていると必ず出て来る名前です。

クックは高い航海技術や正確な海図を作成した事で知られていて、当時はまだ西洋では未知の世界であった海域を航海。それによりオーストラリアを始め、ハワイやニュージーランドなど様々な土地を発見しました。
クック船長が夢見た世界の果て

それは後の世に大きな影響を与え、その功績から英雄扱いされる事も多いのですが、ただ反面、近年では彼はオーストラリアで最初の侵略者であったと非難する声もなくはありません。

侵略と言われる背景

1770年4月29日にクックとその一行は西洋人で初めてのオーストラリア東海岸上陸を果たすのですが、それは後の1778年1月26日にアーサー・フィリップ率いる11隻のイギリス艦がシドニ​​ーコーブに到着に繋がっていきます。

この日が毎年問題視されているオーストラリアデーであり、これによりイギリスの植民地支配が開始され、同時に先住民たちの悲惨な歴史も始まっています。
1月26日の複雑なオーストラリアデーの背景

そういった背景から、2020年の250周年記念のプロジェクトは、もともと住んでいた人たちから土地を奪った出来事を祝うという行為は歴史的に不適切ではないかという指摘もありました。

確かにオーストラリアデーが近付くと各地にあるクックの像が汚されたり破壊されたりする事があるのも事実で、このイベントを快く思わない人が一定数存在するのも忘れてはいけません。

しかしスコット・モリソン首相は、クックの航海は現在のオーストラリアが今日の姿である所以なので、この機会にしっかりと歴史を振り返りたいとうような事を述べています。

『ミッションインポッシブル2』の撮影現場にもなったラ・ペールズ

それに、ボタニーベイ周辺の先住民とカウンシルは数十年かけてお互いの信頼関係を築き、2つの文化を尊重して来たそうです。先住民の文化を尊重するべく、ボタニーベイには先住民の文化などを紹介するパネルなども作成されています。

1970年にもイベントに対する抗議の声はありましたが、今よりもずっと微力だったようで、この時の先住民たちはこの日は喪に服す日だと宣言し、ボタニーベイの一部であるラ・ペールズ (La Perouse) の海に花輪を投げたそうです。

時代はずいぶん変わったのですね。

歴史を知る事

批判の声もある中で、かつて偉業を成し遂げた航海士や船員たちの功績は無視すべきではないという意見もあります。イギリスの植民地支配とクックの功績は全く異なるものだとも。

オーストラリア国立海事博物館の CEO であるケビン・サンプション氏は、歴史を知り分析していく事が大切であるとし、今後は一方からではなく多方面からの視点を持ち、伝説と事実を分けて考える必要があると話しています。自分たちの住む国で、過去に何が起こったのかを共有する事が重要なのだと。

クックについての本を書いたジャーナリスト、ピーター・フィッツサイモンズ (Peter FitzSimons) は、歴史は私たちが知っておくべき事であり、記念日はお祝いというよりも考える事や話し合う事、議論する機会を持つ日だと言っています。

彼がクックについての本を執筆していた時、クックが船から降りオーストラリアの地を踏み入れる前に、最初に見た先住民の足を撃ったという事実を知り、ショックを受けたそうです。

しかし、その先住民を傷つけたという事実はクック自身を悩ませたという事も知り、フィッツサイモンズは最終的に、クックは帝国主義者ではなく帝国主義の手先とされた人物だったという結論に至ったそうです。

これは私の個人的見解も同じで、若い頃から才能を見出されて出世していったクックは神経質で気難しい性格はあったかもしれませんが、彼の成し遂げた事や航海後の行動などを見ると、そんなに悪い人間にはどうしても思えないんですよね。

まあ、もう本当の事は分かりませんし、昔と今の感覚は全然違うので、一緒に考える事は出来ないでしょうけどね。ただ、歴史というのは、見る立場によって英雄にも悪者にもなり得ると言うのはもはや誰もが周知する事実だと思います。

(参考: https://www.sbs.com.au/https://www.dailymail.co.uk/・https://www.arts.gov.au/)

 

おわりに

実は私はこの2020年の250周年記念に2年以上前から注目していて、当日が近くなったら実際に色々な場所に足を運んで記事にしたいと思っていたのですが、それがまさかこんな感じの記事になるとは思っていませんでした。

私も称賛とか非難とかは別にして記念日は記念日で良いと思いますし、フラットな目で歴史を見ていきたいと思っています。

最初に紹介したデジタルプログラムは英語なので理解しにくい部分もあるかもしれませんが、今の時代、そんな風にどこにいても様々な情報を入手出来るようになって来ているのは良い事です。

私個人としても、まだまだ日本語化していきたいオーストラリアの歴史がたくさんあるので、気長に少しずつやって行こうと思っています。