これは現実ではないと思いますが、現実と思って良いかもしれないちょっと忘れたくない夢のようなもの。
そんな、霞のような話です。
夢うつつ
昨晩、ハマっているゲームがやめられなくて、そして某氏の深夜生放送が面白くて、夢中になっていたら朝になってました。
ヤバいとは思ったのですが、完全に寝るタイミングを失ってしまったんです。
午前4時を回ってしまったら「どうせ猫たちが5時頃に餌が欲しくて騒ぎ出すから、餌をあげてから寝よう」と思ってしまうんですよね。
だからソファーに横になって目をつぶったのは、太陽がキラキラと部屋を照らし始めた頃でした。
ここ最近天気が悪かったシドニーですが、今日はまぶたの上からでも青空が広がっているのを感じるくらい晴れていて。
そして、いつのまにかうとうとと浅い眠りに入っていったようです。
どれくらい時間が過ぎたのでしょうか、気付いたら夢と現実の狭間で曖昧に意識が覚醒していて、これがどこから来たイメージなのかさっぱり分からないのですが、私は海の近くのリンゴ農園のようなところで横たわっているような気分になってました。
それが不思議と、とても懐かしくて。
懐かしい知らない場所
懐かしいという気持ちの背景には、必ず自分以外の誰かがいると思うんです。
もし私の中に私しかいなかったら、きっとこんなに穏やかな気持ちにはならなかったでしょう。
誰だろう…、と想像を巡らせると、もしかしたら大好きなお父さんとお母さんでは、と思い当たりました。
でもその時私が感じたのは現実の両親というよりも、もっと大きくて広いものでした。そう、例えば空とか雲とか大地とか。
…ああ、そこにいたのか。
そう思ったら、悲しいとか嬉しいとかそういう感情はないのに、自然と涙が溢れて来て。
一応、私は実際に私が寝てるのはシドニーの自宅という自覚はちゃんとありました。でもあまりにも気持ちの良いイメージだったので、あえてそれに身を任せてふわふわと浸っていた感じです。
このイメージを覚えていれば、いつかしんどくなったらまたあの場所に戻れそう。
あの景色、いつまでも私の脳裏に焼きついていると良いな…。
そんな風に思いました。
世界で起こっている事と自分の状態は別
最近は気分が暗くなるようなニュースがますます増えていますが、どの世界にいるかは自分で選べると思います。イメージはいつでもどこでも出来ますから。
あの緑の生い茂る木の下から見上げた青い空。あの長閑な空気感。
それをここに書き残しておきたくて、これを書いてます。
そしたらちょうど、あのイメージにそっくりな私の落書きを見つけたので貼っておきます。まさにこんな感じかも。